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Photo: Lesly Juarez

歯医クリニックで治療を終え、久しぶりに歯のホワイトニングをおこなった。前回はじめてやったのが2年前だったので、詳細はすっかり忘れていたのだが、用が済み、自宅に戻り、痛み止めの効果が落ちたとき、それがどんなものか突如として思い出した。

そうだった。これは痛い。かなり痛い。全部の歯が知覚過敏でキーンとなり続けている感じ。極細の見えない針で上から下から突き上げられているような。いても立ってもいられない。何をしても意識を別のほうへ向けられない。1錠だけ処方された痛み止めを飲んでみるが、効果はなかなか現れない。

目をむいて「痛い、痛い」と言っていると、子どもが一瞬マンガから顔をあげ「大丈夫?」と声をかけてくれる。早く寝ようとしても、全ての歯がキーン、キーンとうねりをあげて迫ってくるようで、目をつむっても眠れない。クリニックでもらった紙には、痛みに関して「個人差があります」とそこだけ赤字で書かれている(それを言われたらもう何も言えないよね?)。もし、これがなんともない人、痛み止めは飲む必要もないですねと言う人がいたら、どんな人なのか興味が湧かないわけではない。「あー、もう歯医者でホワイトニングはやらない(!)」と、夜間なので控えめに叫ぶ。だれも聞いていなかったのか、皆やさしく受け流してくれたのかはよくわからないけど。

歯を食いしばっていると、そこはかとなく怒りがこみ上げてきた。なんでこんな思いをしてまで、自分は歯を白くするのか? 薬で欺かなければならない痛みを、なぜお金を払って呼び寄せたのか(病気でもないのに)? それはもちろん美欲のため。自力で到達できない自分なりの理想の美、そこへ少しでも近づきたいという切ない欲求のために、今このような状態におちいっている。ならばそれも自己責任、己の美欲のためには痛みに耐えることも仕方ないではないか。 

いや、それはそうとも言い切れない。今しがた、自分なりの理想の美と言った。自分なりのと言うと、まるで自由意志で設定しているように聞こえてくるが、考えてみるとそういうわけでもない。自分が目指す「美なるもの」には、社会通念として「美しいってこういうことだよね」という条件がなんらかの形で作用してくる。私たちは社会から完全に切り離されて生きていくことができず、社会と関わり合っている以上、「自分なりの」と言ったところで、それは程度の差こそあれ(あるいはベクトルの方向性の差こそあれ)社会通念になんらかの影響を受けている。そして、こと歯の色に関する社会通念によれば、歯の色は(黄ばんだり黒ずんだりしておらず)白いのが美しい。圧倒的に美しい。つまりわたしはこの社会通念に多大な影響を受ける形で(そして同じベクトルの方向性でもって)、このようなキンキン状態にベッドの上で歯を食いしばって耐えているということになってくる。もっと言えば(かなり端折ってしまうけど)、社会は無意識的にも男性より圧倒的に女性のほうに美の期待値をつり上げてくるので、それに意見したい気持ちもある(たとえば私のまわりの女性たちがみなムダ毛のない皮膚を年中維持しているのは、彼女たちが痛みと時間と費用と引き換えにクリニックで何度もレーザーを浴びてきたからだ)。

それから、また別の視点でシュールな現実もある。もはや歯のホワイトニングからトピックが逸脱しつつあるものの、要は顔の造作であろうが、肌であろうが、毛質だろうが、体型だろうが、(遺伝や突然変異など)生まれながらにしてその人がもつ美的特徴が、社会通念としての美的特徴に合致していればいるほど、美的観点(外見/表面)においては楽ちんな人生であるという現実。逆に、社会的な美的特徴から逸脱していればいるほど、その美に少しでも近づくためには多大な対価(時間やお金、手間など)を差し出さなければならず、それに痛みが伴う場合はもちろん痛みに耐えなくてはならない。しかしながら、当人がそうした軌道修正をおこなうことで、理想美へ近づいているのだとポジティブに認識し、以前と比べて自分に自信を持てるようになる可能性はおおいにあり、その結果として振る舞いにも良い変化がもたらされるかもしれず(たとえば歯のコンプレックスが減れば、微笑む回数が増えたり、微笑んだときの歯の露出面積が増えたり、逆に口を手で覆い隠すような動作が減ったりするかもしれない)、さらにそんな振る舞いが習慣となったあかつきには、その人の自然な状態までもが変わっていき、まるで生まれ変わったような体験をもたらす可能性さえ孕んでいる。ただし、こうした変化が自身へもたらすインパクト(+)と、そのために使う時間や費用、伴う痛み、場合によっては短期・長期の副作用など(ー)をどう天秤にかけ、そのプロセスにどのような態度で臨むのかは(例えば楽しみである、ワクワクする、怯えるなど)人によって全然違うのだと思う。

さて、話を戻してホワイトニング(歯の)。来年またこれをやるのかな…?(さすがに歯のホワイトニングで得られるインパクトはかなり限定的ではありそうだけど?)治療の翌日になり、痛み止めなしでも痛みは100分の1になり、「24時間以内は白いものだけ食べること」という縛りに従い、白湯をすすり、白米や焼きうどん(塩味)、ペンネグラタンなどを食べ、このあと食べたい真ん丸なオムレツを焼き、来年になったらどうするんだろうと思いながらこの記録を残している。