ページを選択

もともと東京にいた人が、家族の仕事で突如ロンドンへ渡り、ふたたび日本へ戻ってくるのはだいたい同じ都合のため、つまり今回も家族の仕事都合なわけです。私もそこに付いていきーーーーいまは一家で日本に戻りーーー

「で、どこに住むの?」

兎にも角にもこれがなければ始まりません。

「どこに住むの?」

こう聞かれた私が「長野県」、「えっ、長野県?」、「ええ、軽井沢です」と答えると、やっぱり普通に「なんで?」という反応が返ってきます。

「なんで軽井沢なの?」

これはまともな反応です。私もそう思います。なにしろここから東京に出るまでに新幹線で1時間はかかります。

「なんで(わざわざ)軽井沢なの?(あそこって別荘地でしょ?)」

まさにそうです。夏だけちょっと訪れて「軽井沢っていいなあ」と呟き首都圏へ帰るのと、年間通じてここに定住するのとはまったく訳が違います。たしかに夏はよいけれど、冬になったら最低マイナス10度〜20度と言われる厳しい環境。長い冬は底冷えで、ときどき雪も積もってくるし、お店はほとんど閉まってしまうし、車がなければ何もできない。そしてようやく冬が明けると、今度は霧でジメジメするし、なんだかんだで曇りがち。過ごしやすい気候になるのはやっとゴールデンウィークと聞きますが、その頃には押し寄せる観光客で町中がごった返す。

それでもなぜ軽井沢かと聞かれたら、こう答えるしかありません。
「不便さや快適でないものをある程度引き受けて、自然豊かな環境で子どもを育てようと思ったから」
なんのこっちゃと言うことですが……

どうも最近「なんでも思い通りに操ることができるかのような万能感」、そんな万能感で満たされがちないまの時代のある側面を疑っている節があります。そして同時に私自身もこの恩恵をいろんな形で受けている。

要は「人生、そんな思い通りにいかなくない?」ってことでもあります。これは悲観では全然なくて、前向きに。

この歳になり、いろいろな場所でさまざまに生きる人の暮らしを見たり聞いたりするうちに、「思い通りにならないときも、おおむね楽しく生きる力」がとても大事になるんじゃないかと改めて考えさせられました。
というのは、たとえどんなに成功しているように見える人でも、現実的にはなにかしらの面倒や問題に直面せざるをえないから。世間的には華やかな弁護士やバンカー、投資家や起業家、セレブリティ、あるいは貴族や王族だって、彼らには彼らなりの苦労があり悩みがあります。そしてそれとはまた逆に、ある方向から見たときに「恵まれない」と呼べるような環境に置かれていても、なんだかんだ日々を楽しく前向きに生きる人びとが世界中には大勢いる。
だからたぶん見かけに騙されてはいけない。その人が幸せであるかどうかはひどく個人的で主観的、内的なモノサシによるものだから、ある方向から見たときの「恵まれ度合い」と必ずしも関係がない。むしろ、そういうことに縛られない自由なマインド、「思い通りにならないときも、おおむね楽しく生きる力」を備えているかが大事になってくるんじゃないかな、と思い始めました。

 

(写真:アイスランドやタンザニア、エジプトなど厳しい自然環境のなか、それでも楽しく日々を送る現地の人びとを垣間見てきました)

そんなことを感じながら、自分なりにいまのところ解釈したのは、この力を育む1つのアプローチとして、思い通りにならない典型「自然」の中にあえて子どもを投げ入れて、自分自身もいたって前向きに暮らしてみるのも悪くないな、ということです。まだ体力のあるうちに。まだなんとかなるうちに。そうでなければ、いまごろ順当に東京の都市生活へと溶け込んで、既存の価値観をあたり前と疑わず、子どもたちを可能な限り苦労を排した快適な環境に置こうと親として奮闘し、私自身も限りなく便利で快適な生活を追いかけ夢見、その方向へ邁進し……
まあそれも分かりやすい1つの方向感ではありますが、どうもそれでは意外性がないというか面白みに欠けるというか、21世紀的ではないというか……

 

 

「でもそこで軽井沢? 自然の豊かな八ヶ岳とかではなく?」

そこはやっぱり自分たちのひ弱さというか自信のなさ、とは言っても仕事で東京に行かなければならないといったリアリティが作用します。

「というか子どもの学校は? どういう学校に入れるの?」

これもまた難しいテーマというか、正解のないことですがーーー

「ああ、そうか、軽井沢には有名なインター(ナショナルスクール)があるもんね」

たしかにここにはISAKという新しい学校がありますが、現時点では高校から。つまりあと数年は関係がありません。

「そうなんだ、あそこって高校からなの、知らなかった。じゃあどうするの、学校は。どうするの、英語は」

そうですね。子どもたちの英語なんて放っておけばすぐ落ちます。たしかに彼らは自信を持って100%ネイティブでしたが、それもたかだか小学生の英語です。いま、学校で英語を使わなくなり2ヶ月ですが、早速子どもの一部から「単語がすぐに出てこない」という不安の声も上がっています。

「せっかくイギリスから帰ってきたのに、(インターに行かせかせないのは)もったいなくない?」

いま彼らが通っているのは地元の学校です。実際すてきな学校で、子どもも私も気に入っています。
それに私ら両親ともに日本人、子どもたちも日本人です。この先海外で暮らすなどの具体的な計画も見えません。どう見ても外見は日本人、アイデンティティも日本な彼らがせっかく日本で暮らすのに、日本の学校に入れない手はないだろうと思いました。
ぜひとも彼らの拙すぎる日本語を進化させ、日本にたいする浅い理解を深めていってもらいたいと願っています。

「それじゃ英語はどうするの?」

おそらくインターネットを上手に使えば、さまざまな可能性が広がるだろうと思います。たとえば海外の学校の教師にじかに教えてもらうことも可能ですし、家中のメディアを英語にすることも不可能ではありません。問題はそれを実際やるかどうかのところ。

そもそも、たとえ子どもをインターナショナル・スクールに入れたとしても、その子がいわゆる英語が通じる国、ましてや先進国で働くなんていうことは、それほど甘くなさそうです。むしろ英語が通じる先進国だからこそ、世界中から「われこそは!」と集まったタフで優秀な人材とのはげしい競争にさらされる。少なくともロンドンはそういう場所です。コネもないEU圏外の外国人がだれかに雇ってもらうとき、「あなたはうちがビザを発給するほど価値のある人材ですか?」という双方にとって切実な検問があるわけです。そこでは英語が操れるかどうかなんて聞くまでもなく、動機とかやる気とかも別によくて、それよりも当人がどんな専門性や実践経験を持っているのか、どれだけ雇用主に価値を提供できるかが問われます。

海外で活躍する、とくに大きな国際都市で活躍するということは、つまるところ地球レベルの競争に巻き込まれるという事になります。そこでニッチでいるなら別ですが、いわゆる絵に描いたようなグローバルエリート像、グローバル勝ち組像を目指そうとすればするほど、行く先々には常時「さらなる高み」が待っています。ちょうどxx地区代表からxx市代表へ、xx市代表からxx県代表へ、xx県代表からxx国代表へ、階段を駆け上がっていくように。そこはまさにドラゴンボールの天下一武道会。「オッス、おら中国のxxから来ただ、腕にはけっこう自信あっぞ。よろしくな!」 それでゴオーンとドラが鳴って、さあ!どちらが次に勝ち進むのでしょうか!という例の熱戦が始まります。

もちろんそういう戦闘モードでさらなる高みを目指すのに喜びを感じる人にはたまらないと思うのですが、みんながみんな、たとえばわが子がそうだとは限りません。わが子と言っても自分ではない他人ですし、仮に親がそうだとしても遺伝子の突然変異もありえます。それにもし、その子がそういう性分に生まれついているのなら、おそらくだれかに言われる前に自ら勝手にどこへでも飛び出していくことでしょう。

「そう、それで軽井沢にしたわけ?」

はい、そんな感じです。この土地はもともと住んでいた人と、どこかから移住してきた人と、いくらかの外国人と、大勢の観光客が季節ごとに入れ替わる、なかなか興味深い場所みたいです。

それでも、もし「これはダメだ!」という状況に陥ってしまったらーーー残念ながらまた別の道を選ぶしかありません。失敗したらまたやり直すしかなさそうです。

「ふーん、そうなんだ」

 

今日も軽井沢は雨でジメジメ、空には太陽が出る隙間もありません。
街に出れば、飲食店はいわゆる観光地価格のレンジでサービスを提供します。こないだたまたま時間を潰す必要があり、とっさに入った森の中のオーベルジュ的カフェテリアでは、ケーキセットのお値段に目が飛び出るかと思いました。
先日は、警察官のお兄さんが明らかに犬ではないものを紐で引いて歩いているので、「いったいそれはなんの動物ですか?」と車の窓から尋ねたところ、「ええ、これは近くで拾われた豚でして」という返事。
町立の病院に立ち寄れば、受付前の大画面で「クマ、いまココ」という熊に埋め込まれたGPS情報が現在進行形でシェアされるという独特のシステムが機能します。
さらに教育委員会から家庭へのメールでは、「近日この区域でイノシシが確認されたので、十分に注意をお願いします」とのこと。
さて、どうやって注意すればいいんだろう?

とりあえず、子どもたちは学校で配られた鈴をしゃんしゃん鳴らしながら、楽しく学校に通っています。