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インド・バラナシ・巡礼の町

 

思いがけない旅

 

インド・バラナシ・巡礼の町

 

思いがけない旅

 

 

「インド経由が安いから、ついでにインドに寄ってみない?」

そう言われたのは、英国での8年間の暮らしをたたみ、日本へ戻る1ヶ月前のことだった。

「インド?」
わたしは夫を見返した。本気で言っているのだろうか。飛行機の乗り継ぎのことではない。

1ヶ月後、わたしたちは8年暮らしたイギリスを引き上げ、3人の子どもを連れて日本へ戻る。人生の節目になる大きな引っ越しだからこそ難なく完了させたいが、ここに来てインドとはいったいどうしたことだろう。

「たしかにインドは興味がある。でも、子どもたちは大丈夫かな」
子どもたちとは、上の子が10歳、10歳(双子)、下の子が7歳のこと。もちろん全員インドは初めて。夫以外、みんなインド初心者だ。

「いやあ、いまのインドなら問題ないでしょ。年間1千万人の外国人がインドへ旅行する時代だよ。それに日本に戻ったら、やっぱりインドは行きづらいと思うんだよね」
それはわかる。やっぱり日本は快適だ。いろんなことが楽ちんで、美味しくて清潔で、秩序立って。しかもウチは大所帯。日本を出るのに時間もお金もエネルギーも相当かかってしまう。

「じゃあ荷物はどうしようか」

「荷物?」

「うん、貴重品とか、日本ですぐに使うもの。引っ越しは船便がほとんどで、届くまで2か月半はかかるのね。だからそれまで、大事なものやすぐに使うアイテムは自力で持っていかないと。貴重品や子どもを連れて、ひゅっとインドに寄れるかどうか」
ノリの悪さは承知の上だが、現実は現実だ。どうもこの父親は、子連れの旅とその負担を甘く見がちな傾向があるからして。

「ああ、そうか。じゃあ、緊急度の高い荷物はおれが最後の出張ですべて持って帰るので。100キロまでなら全然オッケー。だったら別にいけるでしょ。身軽に行って、ちょっと寄って帰るだけ」

「そう? (100キロ?) だったら荷物のことは安心だけど…… 病気とか衛生状態は? 大人はいいけど子どものほう」

「それを言うなら、おれたち前にタンザニアへ行ったんだよ? 健康上のリスクならそっちのほうが断然やばいと思うね」
たしかタンザニアへ行く前は、何本もワクチンを打っていた。WHOと外務省のサイトを行ったり来たり確認しながら。

「宿は、外国人用の宿を取る?」

「そのつもり。そこそこ良い宿。引っ越しの途中だし、子どももいるし、無理するわけにはいかないし。今回安全サイドで旅程を組むから、まかせてもらっていい? その代わり引っ越し作業はまかせるから、そっちのほうはよろしくー」

引っ越し作業のほうがあきらかに大変そうだが、それはいい。なんだか急にインド旅行に心惹かれてきたからだ。とくに最近、インドは個人的に気になる国の1つとなっていた。人口は伸びつづけて13億。中国の次の国。ヒンズー教。カースト制度。インダス文明発祥の地。「ゼロ」の概念を見つけた民族。ヒンズー王朝。ムガル帝国。大英帝国植民地。聖テレサに指導者ガンジー……

「そうそう、くれぐれも安全サイドの旅程でお願いしますね」

「もちろんそれは。子どもがいるのにリスクとってもしかたがないし。安全サイドで!

 

・・・・・・

 

というわけで、一家5人は英国→→→日本の海外引っ越し道なかば、目的地よりだいぶ手前のインドの首都へ降り立った。荷物は各自小さなリュックを1つだけ。

 

 

「空港に着いてすぐ、乗り換えだから」と夫が言う。
彼の組んだ「安全サイド」の旅程を見ると、デリーの国際空港に着くやいなや格安の国内便へ乗り換えるらしい。その乗り換えが効率重視の1時間。もし乗り遅れた場合には、次の便もすぐ購入できると彼は言う。これはどういう賭けなのか。

いそいそと順路を進むと、審査官が高台から見下ろすように観光ビザの呈示を求める。入国のスタンプが5人分のパスポートにドカン、ドカンと押されていく。
行き先はデリーやムンバイなどではなく、マイナーな地方都市。「バラナシ」と呼ばれるヒンズー教の巡礼地だ。

……だいじょうぶかなあ。
大人はともかく子どもたちがこの旅程に果たして付いてこられるか。正直すこし不安が残る。
「安全サイド」と夫は言った。けれども安全サイドの定義というのは、人によってまちまちなのだ。

幸い子どもたちはいまのところ頑張って付いてきている。トランジットが無事に済んだら、甘いおやつを配ってあげよう。

 

 

こうして思いがけないバラナシへ、短い旅が始まった。

 

思いがけない旅
宿
夕、ガンジス河畔の儀式に行く
朝、ガンジス河畔を散歩する

火葬場のこと

カーシー・ヴィシュヴァナート寺院

食べもののこと、河畔のテラス

デリー行きの夜行列車